間違って覚えないように!

やる夫フューラーでよく「ドクトール・ゲッベルス」という表現が口語で出てきますが、「ー」のせいで「ト」にアクセント(強勢)があるように見えちゃってますよね。
ほんとの強勢は「ド」にありますから、初学者*1の方は注意してください。
男性名詞Doktorの強勢はいっこめの"o"にあります。だから「ドクトル」か、無理に「ー」を入れるなら「ドークトル」にしたほうが勘違いを生みにくいんです。

提起

  • 日本語は上下アクセント、ドイツ語は強弱アクセントであり、転写する際にはそれぞれ対応させるのがセオリー*2
  • インド=ヨーロッパ語族に属する人たち(この場合ドイツ語話者)は、私たち日本人が考えているよりずっと、アクセントに厳格である。
  • 私が問題にしているのはアクセントをどう転写するかであり、形態をどうするかではない*3

私、ドイツ語音韻論は2年やりましたし、アルファベットの日本語転写の伝統もそれなりに心得ています。それだけに、初学者や何も知らない人に誤解を植えつけてしまいそうな書き方には過敏になってしまうのです。重箱の隅をつついたり作者さんの揚げ足取って喜びたいのではありません。ただ私は学問に対して敬意を払って接したい。

悲しい話

昔聞いた話です。
ドイツ語の単語に"Arbeit"というものがあります。これの強勢は"A"にありまして、「アーバイト」とか「アールバイト」と転写するのがふさわしいんです。
ですが現代日本で人口に膾炙しているのは「アルイト」ですよね。
さて、さる弁論大会にある女子が出場しました。おもに初学者が壇上に上がる大会です。その女子の弁舌は淀みなく素晴らしく、発音も美しく、弁論の構成もよかった。普通なら彼女が優勝まずまちがいなしでした。

ですがその子は、ずっと"Arbeit, Arbeit...(「アルイト、アルイト」)"と強勢を間違えたままだったのです。
このことただ1点のために、審査員(ドイツ人含む)は彼女に賞を与えませんでした。この話を聞いた私が思うに、

  • インド=ヨーロッパ語族の話者はアクセントを本当に大事にする(先ほどの繰り返し)。
  • 初学者が間違った知識のために悲しい思いをするのは、私は残念だ。

結論

  • 私はドイツ語"Doktor"において「ドクトール」という転写は不適切だと主張いたします。
  • 理由は上記の通り、初学者やドイツ語を知らない人に、間違ったアクセントを植え付ける可能性があるからです*4

本筋に関係ないからどうでもいいだろ、とはいきません。勘違いした初学者がかわいそうな目に遭うのは残念なことです。また、無責任・根拠薄弱(註4参照)な態度で転写されては音韻論がかわいそうです。
ここまで言うからには私にもそれなりの自負はあります。私はドイツ文学で修士号を取得しています。


 

*1:なぜ特に初学者と申し上げたかといいますと、"Doktor"という単語は元々ラテン語由来の外来語です。初級文法では「大抵の外来語ではアクセントを後ろに置いて読みなさい」と指導されます。ですがDoktorはこの限りでない。
*2:上に対し強アクセント、下に対し弱アクセントみたいなふうに。
*3:例えば、"Schneider"という名の人がいたとします。「シュナイデル」と転写するか「シュナイダー」とするか?……これはアクセントとは別の話ですよね。私は今回そこの話をしたいのではありません。あ、ちなみに現代日本ではほとんど「シュナイダー」と転写します。
*4:これについて意見したところ、作者さんは、「自分は正しいアクセントを心得ている。そもそもカタカナには発音記号などないのだから、勝手に『ト』にアクセントを置いて読まれるのは心外だ(私の要約)」とおっしゃっていますが、これは無責任だと思います。
例えば似たアクセントを持つ"Autor"という単語(これもラテン語由来の外来語です)がありますが、これを「アウトール」と転写して、一体何割の初学者が「アウ(二重母音)」にアクセントがあるとわかるでしょうか?  大抵「ああ、トを強く読めばいいんだな」と勘違いすると思います。日本語には確かに発音記号やアクセント記号はありませんが、「ー」の位置によってある程度誘導できます。
「自分(作者)はわかっているからよい」といって、転写の配慮のなさゆえに生じかねぬ誤読を、あたかも読者の瑕疵であるかのように言うのは、重ねて申し上げますが、無責任です。間違った認識を読者に与えかねないというのに。
また作者さんは「戦時ニュースにおいては弱勢(Doktorでいうと"-tor"の部分です)をも強く発音しているので、それが『ー』を入れる一因となった(私の要約)」ともおっしゃっています。
ですが、往時の我が国の戦時ニュースでもご存知の通り、ああいったものは戦意昂揚のため口語とは違ってごくごく強い口調で読み上げるものです。喋り言葉とは性質が違うのです。ですから戦時ニュースの発音を理由のひとつとして転写した、というのは根拠に薄弱です。書き添えておきますが私は日本だけでなくドイツの戦時ニュースも見たことがあります。